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軽井沢ウイスキー蒸留所 工場長
中里 美行さん

世界で認められた自身の原酒
2026年3月、旧メルシャン軽井沢蒸留所のウイスキー樽2樽が、国際的なオークション「クリスティーズ」に出品され、総額570万ドル(日本円で約9億1千万円)という価格で落札されました。この2樽は、まさに製造責任者を務めていた1999年に、ウイスキー造り全般に携わり、樽詰めした原酒です。四半世紀の時を経てそのウイスキーが世界の舞台で評価されたのです。
長い年月をかけて熟成された一滴には、この土地の風土と造り手が重ねてきた時間が息づいています。その歩みが、軽井沢で造るウイスキーの価値をあらためて示すこととなりました。
目に見える華やかな評価の裏側にあるのは、日々の地道な作業の繰り返しです。温度や湿度の変化に向き合い、樽の状態を見極めながら、最適な熟成へと導いていく。その一つひとつの積み重ねが、やがて確かな価値となって現れます。揺るぎない品質を追い求めてきた歩みが、国境を越えて評価されたのは感慨深いものでした。

軽井沢で培ったもの造りの原点
軽井沢の自然に囲まれて育ち、釣りや野山遊びに夢中のごく普通の少年でした。四季の移ろいを肌で感じながら過ごした時間が、知らず知らずのうちに感性を育ててくれたように思います。
高校卒業後は木工の道に進み、建具造りに携わるなかで、素材と丁寧に向き合う姿勢を身につけました。木の性質を見極め、わずかな違いにも手を抜かずに仕上げていく日々。その積み重ねが、もの造りをする上での確かな基礎になりました。
木工の仕事ぶりが評価され、1995年旧メルシャン軽井沢蒸留所へ樽職人として入社。ウイスキー樽の補修や管理から始まった仕事は、やがて製造全般へと広がり、蒸留所閉鎖までの間、最後の製造責任者として現場を支え続けました。
長い年月をかけて積み重ねた経験は、やがて揺るぎない自信へと変わっていきました。木と向き合ってきた経験は、ウイスキー造りの根幹となり、その後の歩みを支える大きな柱となっています。
軽井沢から、再び世界へ
2012年に蒸留所が閉鎖した後は、ワイン用のぶどう栽培に携わっていましたが、縁に導かれるように戸塚繁氏(軽井沢ウイスキー株式会社 代表取締役)と出会い、2022年、ウイスキーの世界へ戻ることになりました。
現在は、旧蒸留所と同じ系統のポットスチルやシェリー樽を用いながら、伝統を生かしつつ、未来を見据えた新たな酒造りに挑戦する日々が続いています。現場では、機械任せにしない分、五感を研ぎ澄ませながら向き合う時間が続きます。また、若手の育成や酵母の研究、さらには軽井沢での大麦栽培にも着手し、この土地ならではのウイスキー造りを模索しています。
熟成に長い年月を要するウイスキー造りにおいて、かかる時間はそのまま挑戦の時間でもあります。軽井沢の風土の中で育まれる一滴に、どのような表情が宿るのか。2033年に樽出しされるその時に向けて、静かに、しかし確かな歩みが続いていきます。

Profile
なかざと よしゆき 1963年軽井沢町生まれ 長野県軽井沢高等学校卒業後、木工業に従事 1995年旧メルシャン軽井沢蒸留所に入社 2012年の旧メルシャン蒸留所閉鎖時の最後の製造責任者 2022年軽井沢ウイスキー蒸留所 工場長に就任
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